『THE SUN』は、聴く者の身体と感情を揺さぶる。ロックし、ロールする。
山本智志

 3年という長い時間をかけて作られたアルバム。佐野元春&ザ・ホーボー・キング・バンド名義による2枚目のアルバム (古田たかしがバンドに戻り、山本拓夫が加わって最初のアルバム)。多くの人たちから待たれていたアルバム。そして、「(レコード会社との問題で)リリースできないかもしれない、と何度か思った」(佐野) アルバム――。
 
自分のレーベル、デイジーミュージックの設立発表に際して、佐野元春は《一生聴いてもらえるアルバムを作った》と『THE SUN』に対する自負を述べたが、アルバムを聴き終えたいま、それは単なる音楽業界向けの発言でも、よくあるようなロック・スターの大言壮語でもなかったのだ、とあらためて思う。実際ぼくはこの中の何曲かを、残りの人生でずっと聴きつづけるかもしれない。

『THE SUN』には、佐野元春のソングライターとしての力量があらためて示されている。ここに収められた14曲は、彼のことばをそのまま借りれば、まさに「この4年間のソングライティングにおける奮闘の軌跡」だ。最初に取り掛かったのは「君の魂 大事な魂」(2001年1月)、最後に仕上げたのが「太陽」(2004年1月)。「レコーディングしながらツアーをし、ツアーをしながらレコーディングをするという期間が3年間続いた。これは、結果的によかったと思っている」。彼は、そう言う。

佐野は“自己に言及する”シンガー・ソングライターとはいささかタイプが異なるが、このアルバムには佐野元春の「作家性」が遺憾なく発揮されていると同時に、彼のやむにやまれぬ気持ちがあふれている。現代を生きる“普通の人々”の怒りや悲しみ、 希望や夢について、彼は身体の奥底から湧き上がってくる感情を、ことばを惜しむように歌にし、同量の活力と抑制をもって、うたっている。

 歌の主人公たちは、社会とのかかわりの中で人生と向き合いながら、自分の信念を手放すことをなんとか拒絶している。ストーリーテラーである佐野元春は、そうした主人公たちに温かなまなざしを向け、彼らの経験や境遇や宿命についてうたう。真実味にあふれたその物語にじっと耳を傾けながら、われわれは自分とよく似た人物像をその歌の中に見いだすのだ。
 
 アルバムはそれぞれ独立した曲の連なりで、小説の短編集のような構成になっているが、一曲一曲がひとつの同じ絵の部分のようでもある。暗雲垂れこめるこの時代を生きるということ、年齢を重ねるということ、そうしたテーマを佐野は感傷に流れることなく描き、平凡な問題を抱えた平凡な男の人生に意味や価値を与えようとする。ザ・ホーボー・キング・バンドの卓越した演奏テクニックのあらかたは、佐野の楽曲の理解や解釈に向けられる。HKBの一番の長所はその点にある。歌のイメージを大きく広げ、鮮やかに縁どりする彼らの演奏は、聴き手の曲に対する理解を助ける。
 
アルバム・タイトル曲とも言うべき「太陽」で、佐野は《夢を見る力をもっと》という一行を、祈りにも似た真剣さでうたっている。この曲は、ゴスペルやクリスチャン・ミュージックを別にして、直接宗教とは関係のない音楽で“God”という言葉がうたわれたおそらく最初の日本語の歌だろう。彼はその歌の中で、“夢の中に生きる”のではなく、“自分の内面に夢を育もう”と訴えている。

それにしても『THE SUN』で示された佐野元春のソングライティングの力量には、感心を通り越して驚いてしまう。音楽的にさらに歩みを進めているし、新しいことに取り組む姿勢を失ってもいない。「君の魂 大事な魂」や「太陽」など何曲かは、われわれにとってはもちろん、佐野にとっても、今後大きな意味を持つことだろう。

『THE SUN』は、聴く者の身体と感情を揺さぶる。ロックし、ロールする。聴いていて気持ちが静かに昂揚していくのを感じる。これは信頼できる「ロック」だ、と思うのはそんなときだ。「同じこの時代に悪戦苦闘している人々と、感情を共有したい」。佐野元春のそうした願いを拒む者はいない。