特集 = VISITORS再訪

「訪問者」の意味

田中靖久

 私が佐野元春の音楽を聞き始めたのは、「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」からだ。1968年生まれだが、「VISITORS」が発売された当時は音楽そのものへの興味がさほどなかったためリアルタイムで聴いておらず、この作品は後追いで聴いた。したがって、残念ながら同時代的な思い出はないが、流行り廃りとは無関係に接してきたので、「本邦初のメジャーシーンにおけるヒップホップ」や「80年代におけるアバンギャルドな作品」といった一般的な評価には捕われずに、この作品を聴き続けている。

 佐野元春の作品の特長は、聴き手に自由な想像を許容することだ。「VISITORS」について、このタイトルの背景には、彼にとっての具体的な光景や心象があるに違いない。しかし、聴き手が抱く印象はそれとは異なるかもしれないし、そうした差異によって様々なイメージが世間に広がっていくことを、彼は慫慂(しょうよう)しているのではないかと思っている。

 今年の5月、初めてニューヨークへ行った。空港に着いて入国審査を受けようとすると、「US Citizen/Permanent Residents」と「Visitors」の標識が目に入った。後者の列に並んで感じたのは、まさに自分が訪問者であるということだった。観光であれ、留学であれ、ビジネスであれ、多くの人々は自分にはないものを求めてこの街を訪れる。30年前にも同じ標識があったかどうかは不明だが、仮に佐野元春がそれを見ていたら、何かを求めている訪問者である自分をあらためて認識したのではないか。「VISITORS」の30周年盤を聴きながら、そんな想像を巡らせるのは楽しい。

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