『ZOOEY』がもたらした短い旅の記述
木村ユタカ

 音楽を聴いていて、ついつい連想の旅に出てしまうのは、音楽執筆業を生業にしている自分にとって、もはや職業病といえるものかもしれない。いまも、「虹をつかむ人」を聴いていて、しばらくの間、旅に出ていた。僕の心はなぜか、はじめて佐野元春を聴いた中学生の頃へと飛んでいた。そのアルバムは『Heart Beat』だった。<朝が来るまで君をさがしている>と歌っていた。あのときから、多くの歳月が流れ、いま、佐野元春は<おおらかな人生を夢みてる君/虹をつかむまであともう少し>と歌っている。なんだか、自分に向けて歌ってくれているように感じた。ちょっぴり嬉しかった。

 ある著名なシンガー・ソングライターが、こんなことを言っていた。<歌の半分は僕から出てくるものだけど、残りの半分は聴き手が歌を聞いたときに、聴く人の心の中で生まれるものだ>と。もしそれが真理であるなら、「君をさがしている」も「虹をつかむ人」も、同じように僕のなかで<生まれた>、大切な歌だ。

 思えば、僕はずっとこんな風に佐野元春の音楽と接してきたように思う。新しいアルバムを聴いて、自分のなかに大切な歌が<生まれる>、その瞬間の素晴らしい感覚を、もう何度も体験してきた。だから、佐野元春のニュー・アルバムを手にして、はじめて聴くとき、こんなにもワクワクするのかもしれない。今回も僕は、届いたばかりのアルバム『ZOOEY』に、注意深く耳を傾けはじめた。

 アルバム『ZOOEY』の第一印象は、<POP>だった。

 実験的なソングライティング。THE COYOTE BANDによる野性的で野心的なロック・サウンド。それらをPOPにまとめあげるレコーディング・アーティスト=佐野元春の見事な手腕。歌詞のほうに目を向けると、そこには<愛>があふれている。いつも以上に。『ZOOEY』は、たくさんの<愛>、いろんな<愛>について歌ったアルバムだと思う。

 少し音楽的なことを言えば、「虹をつかむ人」は、スペクター・サウンドに対するリスペクトに満ちたプロダクションが印象的な1曲。「サムデイ」はじめ、これまでにも同様のアプローチを試みた楽曲はいくつかあるが、この「虹をつかむ人」は、円熟したソングライティングとTHE COYOTE BANDの歯切れの良いギター・サウンドによって、それまでとは異なる、より深い味わいを醸し出している。佐野元春の新たな名曲の誕生と言っていいんじゃないだろうか。

 3.11.以降、僕のなかの音楽に対する距離感が、少しずれた。地震によって地面が数センチずれたように、いまでも僕の感覚はずれたままだ。TVから流れてくる音楽には、ほとんど共感できるものがない。まるで、日本によく似た別の国にでも迷い込んでしまったかのような違和感。早いもので、あれから2年が経ってしまった。

 そんなとき、アルバム『ZOOEY』を聴いた。なんだか、とても懐かしいような感覚。日本語の歌が心のなかにスッと入ってくる、こんな感じはいつ以来だろうか。自分が欲していたのは、こういう音楽なんだと直感した。僕自身も、ようやく前進できそうだ。

 この先へもっと。