ハートランドからの手紙#188 |
掲載時:2006年1月 掲載場所:「星の下 路の上」ツアー、ツアーパンフレット 掲載タイトル:我々は今ここにいる |
|
1996年1月18日、宮城県民会館でのコンサートが始まりだった。当時は「インターナショナル・ホーボーキング・バンド・フィーチャリング・佐野元春」として名乗りを挙げ全国を回った。バンド名がちょっと長すぎるんじゃないかということで、まもなく「ザ・ホーボーキング・バンド」と改名し、それから10年。2006年の今年、我々はバンド結成10年目を迎えた。 今回の「星の下 路の上」ツアーが10回目の全国ツアーなので、ほぼ毎年ロードに出ていることになる。言うまでもなく観客がいなければコンサートは成り立たない。これまで時を越えて、場所のさまざまを越えてライブに足を運んでくれたみなさんに心から感謝したい。どうもありがとう。 僕は今、1998年に行った「THE BARN TOUR」での出来事を回想する。同年3月29日、大阪フェスティバルホールでのライブ。「THE BARN」という名のウッドストック産アルバムを携えてのコンサートツアー、ゲストにジョン・サイモン氏とガース・ハドソン氏を迎えた特別な夜だった。 この夜の観客の熱狂を今でも覚えている。僕はコンサートの終盤、みんなにいいところを見せようと思い、心臓の底から叫んだ。「愛する気持ちさえ分けあえれば」。これでもかと身体を震わせて唄った。ロックンロールだった。 ふと足下のプロンプタを見ると、そこにはこう書かれていた。 'ELVIS LOVES YOU'. よれた英語で、走り書きのように書かれたその文字は、僕のパフォーマンスを舞台袖で見ていたジョン・サイモンがとっさに僕に送ったものだった。 'ELVIS LOVES YOU'. 今でも忘れ得ない一瞬だった。身体の震えをさらに加速させてフルスロットル。肉体と魂が一気に舞い上がり、瞬間的に僕は泣きたくなった。泣いてしまってもいいのかもしれないとも思った。まもなくバンド演奏が最後の大きな一打ちを放つと自分はたちまち「どこにも属さない」物体となりちりぢりとなって霧消した。舞台の奥で観客の声だけが遠く長く響いた。 ライブ。今夜もどこかの舞台に立つだろう。かけがえのない経験と引きかえに、僕は加速して霧消するだろう。偶然出会った君と一緒に、音楽の運河を巡るだろう。人生の大半はうたかたの夢の連続なのかもしれない。そうであってもなくても、唄う理由のある限り、僕は舞台に立つんだろう。 今夜の我々は幸運だ。 我々は今ここにいる。 佐野元春 |
無断転載、引用を禁じます。Copyright M's Factory Music Publishers, Motoharu Sano. |