'97.8.23 -1-
文・写真:及川 毅


 今年で2回目の開催となる、佐野元春プロデュースのライブイベント「THIS! '97」は、東京の赤坂、TBS敷地内のライブ空間「BLITZ」で行われた。若手の”いきのいい”バンドを中心にブッキングされるこのイベントは、それ故にもとより「多様さ」を受け入れる土壌が備わっていたと言っても良いだろう。そしてこれはその多様さの象徴とも言える出来事なのかもしれない。まさにその時、その地にMIPSはいた。
 RealVideoによる、演奏のインターネットでの完全生中継のスタッフとして。
 昨冬のInternational Hobo King Band Featuring 佐野元春の全国ツアー「FRUITS」において、MIPSは既に、RealAudioによるインターネット中継のノウハウを蓄積していた。が、今回はRealVideoによって、映像も同時に送ろうという試みである。まったく新しい試行錯誤が積み重ねられることとなり、それは「THIS! '97」特設Webサイトを設けることから始まっていた。幾度にも渡ってMIPSと佐野氏の間でディスカッションが交わされ、MIPSのもつ機材面、技術面でのキャパシティを考慮し、今回の中継には外部の力を借りることが決定された。
 会場となるBLITZからは専用電話回線を貸与してもらった上、関係者入口近くの通称「本部室」をスペースシャワーTVとシェアして使わせて貰うことが決まった。
 送出用映像の配信にあたっては、スペースシャワーTVの協力を得、計3系統のカメラ映像をスルーでMIPS側に流してもらえることになった。送出用映像機材はSo-netとスペースシャワーTVの協力で、各カメラのモニターとスイッチング機器をセッティング。MIPS自らの手で、映像をスイッチングすることができるのだ。  一番肝心な音声だが、PA卓のマスターアウトから分岐してもらうことができた。まさしく「会場と同じ音がネットワークで全世界に配信される」こととなる。
 そしてこの映像と音声が、トランス・コスモスの協力によって設置された2台のWindows NTベースのサーバマシンによって、32Kbps以上用と28.8Kbps未満用にそれぞれエンコーディングされ、So-netの専用回線を通って全世界のWebウォッチャーに配信されるのだ。
 各協力企業には、Webサイトへの社名ロゴの掲示以外、対価が発生していない。MIPSがそうであるように、このプロジェクトにおいては企業にも、事実上「手弁当」で協力して頂いたのである。
 これだけの体制を整えるため、MIPSは2カ月に渡る準備期間を経て、調整と準備を進めた。そして、今日。

 23日、土曜日。ライブ初日。

 MIPSの集合時刻は朝10:00、場所はBLITZではなくて佐野氏のアトリエになっていた。前日までに用意されたMIPS側の機材の中には、佐野氏から借りるPerformaが2台、含まれていたからだ。この時点で集まったのは遠藤、米田、鈴木、道向、香川、森本の6名。機材をバンに積みライブ会場に運び込むのがまずこの日最初の作業であった。
 BLITZ到着は11:20。会場自体のセッティングは済んでいて、最初のリハーサルを山崎まさよしが行っているところであった。詰め所となる本部室には、すでにスペースシャワーの収録班もセッティングを完了している。
 11:30、機材をおろし一息付く。そこに佐野氏が登場する。全員「おはようございます!!」。何度も顔を合わせ、共に準備を進めた両者が談笑する姿は、既になんの違和感も感じさせない。そして、MIPSもセッティングを開始する。
 まずは2台のPerformaを準備にかかる。1台はライブと平行して行われるリアルタイムチャット用、こちらはEthernet経由でTAに接続される。そしてもう1台は、本部室ではなく楽屋前廊下の突き当たりに置かれ、デジタルカメラを接続して、一定間隔でGIF画像をサーバに送り、楽屋裏の模様を生中継しようという試みだ。
 12:00。Performaのセットアップを続ける遠藤、米田、鈴木。そして突然鈴木が声を上げる「誰かスクリュードライバー、持ってない?」。どうやら、楽屋裏中継用のPerformaの調子が思わしくなく、起動しなくなってしまったようだ。「もともと調子あんまりよくなかったんですよね」と言いながら、復旧に懸命である。
 そこへ再度、佐野氏来室。中継音声のコントロールを担当する香川に佐野氏が説明する。「ここの、この2つのつまみを動かすとね、レベルが変わるから」。音声のアナログアウトまでは、機材が前日までにセットアップされていて、Webへの主調整室となるこの部屋では基本的に、出力レベルのコントロールしかできない。佐野氏はそのことについて伝達に来たのだ。
 米田は持ち込み機材のThinkPadで、黙々とTAのセットアップを続ける。全ての情報伝達がここを通ってゆくだけに、慎重な作業ぶりである。
 数分後。件のPerformaが何とか起動した。おぉ、と安堵のため息の一同。「殴ったら直るんだもんな、これ」と森本。とりあえず危険そうな機能拡張を今のうちに外しておくことにする。
 そのころ、遠藤にはひとつの心配があった。サーバマシンのセッティング&オペレートを担当する、トランス・コスモスの人々がまだ現れない。そう頻繁ではないが、何度も「遅いな……」と呟く。

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