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 2002年、ライブツアー'Plug & Play '02'。今回のツアーは残念ながらファンクラブ会員限定のライブツアーだったため、その詳細については伝わってきていない。ただ、ツアーが終わって振り返れば、このツアーが、単なるファンクラブのためのサービス・イベントではなく、表現者としてやむにやまれぬアピアランスだったことがわかる。全曲をアレンジし直し、3時間以上にも及んだ佐野元春とバンドの快心のライブ。'Plug & Play '02'とは何だったのか? このツアーを体験できなかったファンのために、MWSは音楽評論家でありデビュー以来佐野元春の活動を追っている吉原聖洋氏にクリティックを依頼した。来年展開されるという新作アルバムと全国ツアーを占う上でも参考となるテクストだろう。

(MWS事務局)

「新たなる収穫 - 佐野元春のオルタナティヴな精神」

 ファンクラブ・メンバーのためのライヴ・アピアランス“Plug & Play'02”は、佐野元春とザ・ホーボー・キング・バンド(以下H.K.B.)の最新の音楽的成果の数々を惜しげもなく披露した贅沢なツアーだった。

 ファンクラブ・メンバーのためのライヴ・ツアーが行なわれるらしい、という話を最初に聞いたとき、佐野が全国のファンに感謝の気持ちを伝えるためのツアーになるのだろうとは思ったが、正直なところ、それがここまで音楽的に充実した内容のツアーになるとは予想していなかった。しかし、改めて考えてみれば、ファンクラブ限定のライヴは、レコード・プロモーションのための制約がないだけに自由であり、音楽的な冒険や実験に対して意欲的なアーティストにとっては最高の舞台なのだ。しかもライヴハウス規模の小さなホールでのギグだから、比較的リラックスした雰囲気の中でプレイすることができるし、さらに今回は一夜限りのワン・ナイト・スタンドではなくツアーだから、さまざまなアプローチをステージの上で試みることもできる。

 そういった点も含めて、“Plug & Play'02”は、いろいろな意味で通常のコンサートとは異なっていた。最も大きな相違点は、佐野自身が椅子に腰かけたスタイルでのパフォーマンスがほぼ全篇を占めたことだろうか。必然的にオーディエンスもずっと着席したままでライヴを楽しむことになる。これまでの佐野のライヴでは見ることのできなかった光景だ。ステージの上のミュージシャンたちの配置をひと言で表現すれば、いわゆる“MTVアンプラグド”のスタイルだが、アコースティック・ギターを抱えた佐野とH.K.B.のプレイは純粋なアンプラグド・セッションではなく、エレクトリックな要素も多分に含んだ繊細かつ強靭なバンド・サウンドだった。

 そのサウンド・フォームを“セミ・アンプラグド”と呼ぶべきかどうかについて筆者はまだ迷っている。“セミ・アンプラグド”というやや静的な呼称からはみ出してしまうダイナミックな躍動感が彼らのバンド・サウンドにはあった。昨年の“ROCK & SOUL REVIEW”での演奏と比較しても、それはさらに進化/深化を遂げた成熟したロック・アンサンブルだったと言えるだろう。

 “Plug & Play'02”における佐野とH.K.B.の新たなサウンド・アプローチにはオルタナティヴな要素が目立った。「Please Don't Tell Me A Lie」「99 Blues」「風の手のひらの上」などでのオルタナティヴ・カントリーへの大胆な接近をはじめ、斬新なアレンジで蘇った「ニュー・エイジ」「トゥナイト」「ミスター・アウトサイド」などにもオルタナティヴなイディオムが感じられる。フォーキーな表現によってオーガニックな情感を獲得した「ボヘミアン・グレイブヤード」「誰も気にしちゃいない」「ジャスミン・ガール」なども含めて、そのオルタナティヴなフィーリングはほぼ全篇に漂っていた。

 ここで「オルタナティヴ(alternative)」の定義について簡単に触れておきたい。本来は「もうひとつの……」とか「傍流の……」といった意味の言葉だが、1980〜90年代にインディー・シーンから浮上したアメリカン・ロックの新たな潮流が「オルタナティヴ・ロック」と呼ばれるようになり、90年代以降はより積極的なニュアンスで使われるようになった。メインストリームに対抗するもうひとつの勢力、という意味に解釈すれば、佐野元春という表現者はデビュー当時からオルタナティヴな存在であり、これまでの彼のアーティスティックな冒険の数々も常にオルタナティヴな精神に貫かれたものだった。

 現在、国内の音楽シーンを見渡してみても、佐野とH.K.B.のようなサウンド・アプローチを採用しているバンドは皆無に近い、という事実から推測すれば、ただ単に佐野の個人的な趣味嗜好で彼らがこのようなアプローチを採っているとは思えない。佐野元春というアーティストはこれまでも常にその時代のシーンに対する批評的な存在だった。彼の新たなサウンド・アプローチにも、現在のシーンに対する批評的なニュアンスが多分に含まれているはずだ。つまりそれはシーンに対する彼一流の戦略的なアプローチだろうと筆者は考えている。そういえば、オルタナティヴには「次に来るもの」という意味もあった。

 批評的なアプローチといえば、新たな意匠で蘇った過去のレパートリーの歌詞も、いまの聴き手にとって痛いほどトピカルに、そして怖いほどジャーナリスティックに響く。佐野自身によってリ・アレンジされた過去の名曲群は軽やかに時を超えて、新たな意味を獲得し、まったく異なる輝きを見せている。

 たとえば「トゥナイト」だ。実際には18年前に書かれたにもかかわらず、この歌の中の幾つかのフレーズはまるで「いま」書かれたばかりのように、アメリカ同時多発テロ事件をくぐり抜けてきた2002年の聴き手の胸を打つ。さらに「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」はテロ事件以降の世界を想起させるし、「誰も気にしちゃいない」や「大丈夫と彼女は言った」は嫌でも北朝鮮による拉致事件を連想させる。

 これらの歌詞は強靭な普遍性を獲得しているからこそ、時代を超えて新たな意味を手に入れることができる。つまり流行歌の「詞」のレヴェルを軽やかに超えて、より普遍的な「詩」の力を手に入れているからこそ、彼の言葉はその輝きを常に更新し続けるのだ。

 “Plug & Play'02”のセット・リストはこれまでライヴでプレイされる機会の少なかったレパートリーをフィーチュアしたものだったが、それはファンのための選曲であると同時に佐野元春の「いま」をより鮮明に表現するための選曲でもあった。新たなサウンド・アプローチと新たなヴォーカル・スタイルによって蘇った過去の名曲たちは、佐野元春の「いま」を驚くほどダイレクトに伝えてくれた。

 佐野の歌声は自信にあふれていた。数年前からヴォーカル・スタイルについての模索を続けていた佐野だが、ようやく自身の新しいスタイルを確立しつつあるようだ。昨年の“ROCK & SOUL REVIEW”ではまだ迷いが感じられる瞬間もあったけれど、“Plug & Play'02”での彼は自身の新たなスタイルに揺らぎなき確信に満ちていた。とりわけTV番組でも披露された新曲「Sail on」、自身のラジオ番組でもオンエアされた「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」のH.K.B.ヴァージョン(どちらもまだ公式にはリリースされていない)における佐野の歌声は感動的なまでに力強い。

 最近の佐野のヴォーカル・スタイルに対して戸惑いを見せていた一部のファンも、“Plug & Play'02”での彼の歌声を聴いたら、彼の新たなヴォーカル・スタイルを肯定せざるを得ないだろう。佐野の努力と工夫によって新たな情感を獲得したその歌声は、言葉の裏側に隠されたニュアンスさえも伝えることに成功している。成熟した大人たちの生活や感情に言及していこう、という彼の新たな決意がそこにはある。

 これまでも常にそうだったように、今後も佐野元春は絶え間なく変化し続けていくだろう。しかし、ファンのために、そして時代のために「唄う」ことへの情熱だけはいつも変わらない。“Plug & Play'02”での意欲的なライヴ・パフォーマンスを観て、佐野のその情熱はこれからもずっと彼の胸の内で燃え続けていくのだ、と改めて確信することができた。デビュー当時からのファンのひとりとしてはこれほどうれしいことはない。

(吉原聖洋)




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