MWS●これは1984年、ニューヨークに渡って1年間生活した中で生まれたアルバムで、ある意味、佐野さんの無鉄砲さがもっとも出たアルバムと言われます。一方、Moto's Noteには「このアルバムを批評する度量が僕にはない」と書かれていますが、これはどういうことなんでしょう。やはり「佐野元春」そのものというアルバムだからでしょうか?
佐野 ●わりと多くの評論家や音楽好きの連中たちが「佐野元春の代表作でいえば『VISITORS』だろう」って言い方をする。でも、僕はそういう話を聞くと「そうかな?」って思う。確かに『VISITORS』は良く出来たアルバム。まあ、僕の見方で言うと、完成度という点では「どうかな?」と思うけれど、1年間のニューヨーク生活を通じて感じたことや、ロック音楽に大事な初期衝動が上手い具合に真空パックされている。だから、いつの時代にそれを解凍しても「真実」なんだよね。その点では凄いアルバムだなって思う。ヤングリスナーズに聴いてもらっても恥じることはない、すごいアルバムだね。
MWS●ヒップホップかこれだけ流行っている今なので、ヤングリスナーズにとっても取っつきやすいアルバムのひとつなのかなと思うのですが。
佐野 ●このアルバムは確かに、当時マンハッタン、ニューヨークでハプニングしつつあって、商業的になる前のヒップホップ文化の影響下にある。でも、決してヒップホップアルバムを作ろうと思ったわけじゃない。『VISITORS』は僕の中にあるフォークやエレクトリックやスポークンワーズ…、そうしたものと当時のヒップホップが混ざり合っている新しい何かであり、とってもピュアなポップアートなんだ。それと、僕のこれまでのキャリアの中で、もっとも言語的なアルバムでもあるね。僕は、言葉をいかに音楽化していくかに人生の大半を費やしてきている。『VISITORS』では、それまで日本のポップソングや歌謡曲に無かった言葉をふんだんに入れて、日本語ポップ音楽の中における言葉を解放していった。そうした意味では「エレクトリックなスポークンワーズアルバム」であるとも言えるね。
MWS●それまでの3部作(「Back To The Street」「Heart Beat」「Someday」)は'50sから'70sの音楽エッセンスを、どうやって'80年代のサウンドとして、しかも日本語で鳴らすかというテーマを持っていたと思います。でも『VISITORS』は'84年のニューヨークのアートを、しかも日本語としてビートに乗せて突然オーバーグラウンドに持ってきたところが、アート的にもオリジナルなわけですよね。
佐野 ●音楽をやっている連中というのは、大なり小なり過去の音楽に影響を受けるものだよ。僕だって同時代のものや過去のいろいろな音楽に影響されてきたけど、この『VISITORS』はそうした過去の音楽の影響から離れて、偶然にもとてつもなくオリジナルなものとして生まれた。人々は本当のオリジナルを聴きたいと思っているんだけれども、本当に真のオリジナルな何かに触れると、言葉を無くしてしまうものなんだ。適度に何かっぽいほうが、人々は自分の手のひらに乗っけられるから楽しめるんだね。でも、真にオリジナルのものだと、みんな手のひらの上に乗っけようとするけど、すぐに机の上に置いてしまう。
MWS●今流行っているグラフィティなどのポップアートは、'84年当時のニューヨーク・アートの直接的な影響下にあります。そのように今、街を歩いていて接するアートの原型、それが『VISITORS』の中にちりばめられていますよね。そして最近になって、ようやくアートとして親しまれるようになってきました。
佐野 ●'80年代以降のヒップホップのアーティストたちが見せたことは、メロディやハーモニーでさえもいらない。ビッグビートと言葉だけあれば良いよって、かなり開き直ったものだった。そして多くのヤングジェネレーションが「音楽的な教養はないし楽器も弾けないけど、ビッグビートと言葉だけだったら俺にもできる」と、その場に入り込んで、瞬く間に化学反応を起こして、いろんな風に形を変えて行った。これがヒップホップ文化運動だったんだ。その中から出てきた奇跡的なアルバムが『VISITORS』。当時「Motoは日本から来たんだから、日本語でラップをやってくれよ。そうしたら、世界で初めての日本語のラップになるから」って言われて、それで僕はその場で歌ったのが「カム・シャイニング」だったんだ。「ちょうど闇に溶けてゆく静かな夜 誰もいないサリバン・ストリート」ってね。そうしたら「良いね良いね、サリバン・ストリートのとこしか分からないけど、すっげぇユニークだよ、Moto。レコードにしてクラブでガンガンかけよう、ご機嫌だ!」って。これなんだよね、『VISITORS』の本質っていうのは。こんなアルバムは、世界中探しても未だにないくらいユニークだよ。
MWS●そうしてできたアルバムが、日本のメジャーレーベルから、普通のポップ音楽と同じようにアルバムとして発売されるということが、逆に言えば面白いですね(笑)。
佐野 ●加えて、チャートNo.1になったというのは、本当にレボリューションだったんだね。自分自身で何か物事の流れを変えたとは思っていないけど、確かにあれ以降、物事は変わって行った。そして、その後に来るビデオアートや、ポップ音楽が10代だけの楽しみに留まっているものではなく、表現としてものすごく可能性のあるアートフォームなんだということを日本で初めて示し、商業的にも成功した。だから、音楽がどうのこうのではなく、存在感のあるアルバムと言えるんじゃないかな。だからヤングリスナーには『VISITORS』の存在感を経験してほしいね。
MWS●Moto's Noteに「ちょっとだけ頭のおかしくなった僕が」なんてありますけど、まさにそんな感じ……
佐野 ●だろ? クレイジーでなきゃあんなアルバム、詞は書けないよ。まぁ、今でも変わってないんだけど(笑)。
MWS●言ってしまえば、『VISITORS』以降の佐野さんは、常にちょっとクレイジーな……
佐野 ●ある部分ね。だって、それを覆い隠すことは出来ないし、それもポップだよ。
[収録曲]
1 . コンプリケイション・
シェイクダウン
2 . トゥナイト
3 . ワイルド・オン・ザ・ストリート
4 . サンデー・モーニング・ブルー
5 . ヴィジターズ
6 . シェイム - 君を汚したのは誰
7 . カム・シャイニング
8 . ニュー・エイジ
※曲名をクリックすると試聴できます。(QuickTimeが必要です )
ヴィジターズ
レーベル:Epic Records
商品番号:ESCB1324
発売日 :1984.05.21
価 格 :¥2,854(税込)