特集=佐野元春『自由の岸辺』が照らし出す現在

この自由さがいいね -佐野元春というアーティストは

吉成伸幸

 そう、彼については<アーティスト>と呼びかけるのが一番しっくりくる。そして、自由であり続けることこそがアーティストの使命であり、このことから必然的に付きまとう批判や否定、疎外といったネガティヴな側面があったとしても、そんなことを彼は厭わない。がむしゃらなまでに前進し続ける自身の成長を、一方ではクールに確認しているのかもしれない。かつて、あまりにも冒険的すぎる彼の新しい音楽性に困惑して立ち止まってしまったファンが、一定の時間を経てやがて理解を示すようになった時期があった。そんな時でも、彼はただひたすら自らの感性に導かれるまま活動に専念していた。

 そうして築き上げてきた佐野元春の世界がここにある。

 ファンの多くが口をそろえて言うことかもしれないが、彼が歌い上げる世界は時に自省的な形式を借りた辛辣なメッセージに満ちている。しかも、その表現は実に知的な技巧に裏付けられており、そのために複雑で難解な印象を与えることもある。それでも、視覚的なイメージがカラフルな背景を伴って聴く者を魅了する。それは音楽、文化、さらには歴史的事実に至るまで、彼が好奇心の赴くままに時空を超えて冒険してきた広大な世界であり、複雑であるがゆえに常に新しい発見が(あるいはそのヒントが)あるような気がする。

 この「自由の岸辺」で聴くことができる11曲にはセルフカバーという以上の、そうした新しい発見がある。自らが生み出した作品に新たな生命を吹き込むという作業の仕上がりは、むしろ新曲と言っていいほどの新鮮さに満ちている。新たな装いが施された曲たちは、彼の思想に深く根付いているビート詩人のメッセージであったり、息の合ったメンバーとのインタープレイであったりと、聴きどころがいっぱいだ。それぞれの曲に100%の佐野元春が生き生きとしているのが何よりもうれしいのだけれど、さらに言えば変わらない若々しさの中、円熟味を増した彼の声は「個性的」である以上の大きな魅力だ。それは時に優しく愛を歌いかける「道具」であり、あるいはまた信じることを貫きとおすための攻撃的な「武器」であったりもする。

 このアルバムを聴いていて、良質な曲がたくさんあることを再認識したのはもちろん、ところどころに散りばめられた佐野元春流のユーモアやウイット、いたずらっぽさに「ニヤリと」させられることも。ニューヨークの裏道。ニューオリンズの酒場。あるいはロンドンでも東京でもいい、どこか無機質な大都会の片隅。聴きながら勝手に想像してしまうと、色々な景色が見えてくる曲たちのひとつひとつは映画のシーンを思わせる。

 そう、こうして築き上げてきた佐野元春の世界がここにあるのだ。

 そしてどうやら彼の世界はまだまだ広がり続けているらしい。しかも、誰にも気づかれないように慎重に、そして貪欲なまでに創造的なアイディアを模索し続けて。

2018年5月