特集=佐野元春『自由の岸辺』が照らし出す現在

巡りゆく季節、変わらない想い

小尾 隆

 古い写真が出てきた。今からもう30年前の仲間たちとの記念撮影だ。僕が知っているだけでも二名が故人になっている。そこに写っている自分も、当然とはいえ今よりずっと若い。幼いと言い換えてもいいくらいだ。あの頃に戻りたいとは思わないけれど、懐かしい故郷のように今でも大切に思っている。

 アーティストにとってセルフカバーとはどういう営為なのだろうか?昔の曲というのは確かに懐かしく、ときに青白い。それらの楽曲を今の心持ちで再度歌い直してみたい。リアレンジしてみたい。こんな欲求がいつもあるのではないだろうか?佐野元春にとって二度めとなるセルフカバー・アルバム『自由の岸辺』を聴きながら、そんなことを考えてみた。一番古い曲が「夜に揺れて」(Night Swinger)と「グッドタイムス&バッドタイムス」。ともに38年前のデビュー作『バック・トゥ・ザ・ストリート』に収録されていたナンバーだが、そこにあるのはノスタルジックな感情というよりは、かつてあった想いを今の気持ちで暖め直そうとする眼差しではないだろうか? 

 こうした目線は『自由の岸辺』の全編を何気なく貫いていて、アルバムを聴き進める度に、確かな輪郭を伴いながら聴き手を優しく温かく包んでゆく。幾つかのオリジナル・ヴァージョンと比べてみれば、今回のブラン・ニュー版が、ザ・ホーボー・キング・バンドによる思慮深いバンド・サウンドに裏打ちされている点に気が付く。Dr.kyOnの弾む鍵盤を活かした「夜に揺れて」と「メッセージ」のニューオーリンズR&B・テイストがそうだし、近作では『Blood Moon』に収録されていた「バイ・ザ・シー」と連なるようなラテン・タッチの「エンジェル・フライ」と「自由の岸辺」がそうだ。かつてはフォーク・ロック調だった「ブルーの見解」ではヒップホップのアプローチが示され、ストレート・アヘッドな8ビートだった「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」は、もっと複雑な和声感覚で蘇っている。スポークン・ワーズの現場では今も大きな柱となる「最新マシンを手にした子供達」では、井上富雄のしなるようなウッド・ベースが重心の低いサウンドに貢献している。いずれも若く無邪気な日々に於いては生み出せなかった精緻なアンサンブルに違いない。佐野自身が今回のアルバムを「セルフカバーというよりはアップデートです」と発言していることにも頷かされる。そして歌詞が一部改変された「ふたりの理由、その後」は、このカップルが過ごしてきた長い年月を凝縮するかのように響く。

  古い写真や懐かしい音楽は今も大事な原点だ。それでも人は今日も傷つき悩み、眠れないまま夜明けを迎える。若い頃の傷口と違って、そう簡単には塞がらないから厄介なものだと思う。そんな憂鬱に襲われた時、僕は『自由の岸辺』を聞く。「風が光に変わるまで/雨が虹に変わるまで」と、変わらないリリックが薄明かりのなかでそっと木霊している。

2018年5月