特集=佐野元春『自由の岸辺』が照らし出す現在

西の彼方へ飛ぶ白い鳥を眺めながら

原田 高裕

沙門は王者を敬わず
——慧遠

 なぜ、あなたはそんなに苛立っているのでしょうか。なにゆえ、そこまでなじり、責めたてるのでしょうか。澱のように積もるその鬱屈が、王者ではなく弱者に向いているのは、いったいなぜなのでしょう。漫罵の限りを尽くし、そしてまた次の生け贄へ。美談醜聞の後、遁辞、辯疏して止まず。世の乱るる瑞相、暇無し。

 わたしたちは自由を得た、先人たちの犠牲のもとに。そこには言葉があったという。他者の苦しみへの想像力も、火と水の力を兼ね備えた「攘災の珠」もあったという。でも、自由って、そもそも面倒くさいもの。いろいろな人たちと対話しないといけないから。そして、自由は貧者と豊かな人を生んだ。欲望と嫉妬、争いを育んだ。文明社会、民主主義の爛熟、劣化の果ての「分断」。わたしたちは、つかの間の自由を思う存分に浴した。そして、ばらばらになった。

自由な世界だって言うけれど 誰もそれを信じちゃいない (「メッセージ」作詞・作曲:佐野元春)

 信じなくなったわたしたちは、自由から逃走しました。エスケープ・フロム・フリーダム。せっかく先人たちが手渡してくれたのに、わたちたちはそれを投げ出してしまった。そして今では、王者の甘言をとりあえず信奉しています。主権者の無関心、黙認、追認、あきらめ。忘却、忘却、忘却、また忘却。たわいもない惹句で俗世を浸せ。言ったもの勝ち、騙したもの勝ち、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。

 だったら、あまり考えず、ただひれ伏そう。とりあえず、当面の家計は賄えそう。民主制に偽装した独裁への従順。全体主義の下では、個性なんか意味は無い。他者との共奏なんか必要ない。我らはひとつ、あいつら抹殺。権威からの上意下達に、ただただありがたく従えばいい。考えるなんて、皆が望む安寧安穏を掻き乱すだけ。〈生活〉というウスノロのために、王者への滅私奉公やむなし。だまされても、だまされても、自由なんかもうこりごり。

 勤勉かもしれない、礼儀正しいかもしれない、親切なのかもしれない。でも、わたしたちは欲張りなんです。あれも欲しい、これも欲しい、囂しいないものねだりの繰り言は果てしなく。「そんなことない」って、あなたは言うだろう。けれど、わたしたちは欲張りなんです。

 本当のことなんか、本当の真実なんか、私はいらない。私の正義、私の公正さがあればいい。「私の真実」さえあればいい。あいつらよりも、私の方が苦しいに決まってる。がんばっている、努力している、私の方が報われるべきだ。怖い、底辺に転がり落ちてしまいそうで、毎日が怖い。甘えるな、自分で考えろ、しがみつけ、がまんしろ。しょうがないだろ、あんなやつ、救いようがない。一人で潰れろよ。

やぁ、ひさしぶり どうしたんだい やぁ、元気かい やぁ、ひさしぶり (「ブルーの見解」作詞・作曲:佐野元春)

 無力と感じ疎外されていると感じているあなたは、苛立っている。国境を跨ぐ資本、まがいものやテクノロジーに翻弄されて、これからどうなるのかよくわからないから? 疑いようがない確実な拠り所が、どこにも見当たらないから? 人を貶めるまでして、いまあるものを匿って独り占めしたいから? 何も変えることができない己の非力を直視したくないから? 私は私の正義を貫く。これまで懸命に積み上げてきた「私の真実」を、ここで崩すわけにはいかない。

 もう、とっくの昔に崩れていたのに。両腕を広げ、残骸の成れの果てを見て嘆いているのに。すぐに、また次の崩壊がやってくるのに。

 世界が融和共存するために、言葉があった。今では王者の詭計により、分断のための道具へと成り果てた。言葉を司り、民の代弁者だった知識人、アカデミア、エリート、詩人。これらを、民は見捨てた。これらは、民から見捨てられた。わたしたちから浮遊分離してしまった。おまえたちはもう用無しだ。結局、何も変わらなかったじゃないか。彼らは民の浅薄と断じ嘲りながら、「虚しい、空しい」とただ仰ぎ見るのみ。智慧と慈悲が広がっているはずの空には、ただ虚無あるのみ。

いつもそばにいるよ いつもそばにいるよ (「ハッピーエンド」作詞・作曲:佐野元春)

でも、ブッダもジーザスも
ミスター・アウトサイドも、そして君も
何も言わずどこかに行ってしまった。

いつか 君のために 歴史のために (「僕にできることは」作詞・作曲:佐野元春)

歴史はいまや、修正されるためにある。

グッドナイト おやすみ、世界 (「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」作詞・作曲:佐野元春)

人類への弔鐘が燦々と鳴り響く頃、
みなさんお待ちかねの「最終ニュース」が
やってくる。

闘う それとも従う 君はどっち 僕はこっち (「まだ自由じゃない」作詞・作曲:佐野元春)

求道する者は、権力に追従せず。
愚かだったあの頃には、
もう戻れないから。

夜が朝に変わるまで 風が光に変わるまで 雨が虹に変わるまで
運命に導かれて すべてはつながってゆく (「ふたりの理由、その後」作詞・作曲:佐野元春)

ゆきつくところはいつも同じ 愛のせい すべてはひとつ (「自由の岸辺」作詞・作曲:佐野元春)

苛立つのではなく、
そっと寄り添うことはできないか。

法 dhamma を覚った者たちは言う。
すべてはひとつ。