ポップ・ミュージックの歴史の中では時々、先人達からバトンを受け取らなければいけない瞬間がある。佐野元春にとってのその瞬間は、大瀧詠一プロデュースで杉真理と共に集い、コラボレイトされた『ナイアガラ・トライアングル VOL.2』での作業だ。
1枚の作品の中で大瀧という先人からの呼び掛けではあるが、このアルバムの中での佐野元春の存在は対等なもの。上の世代からのアドバイスやプロデュース・ワークを受け入れながらも、一歩も引いた姿勢で臨んではいない。
シングルカットされ、スマッシュ・ヒットした『A面で恋をして』を聞くとそのことがよく分かる。大瀧のメロディラインを歌っても、決して埋もれる事無く個性的なボーカルスタイルを主張している。と同時に信じて突き進む自らの音楽を他者から好意的な評価を下してもらい、すくい取ってもらった経験でもあった。
デビュー前から温めていた「Bye Bye C-Boy」、シングル、アルバムとは別ヴァージョンの「彼女はデリケート」をはじめとする初期の代表的なナンバー計4曲を、バンドという共同体ではない自身の楽曲に客観性を持ち、ながめることが出来たのだ。そしてその後の彼の音楽活動に大きな指針として役割を果たしたと言ってもいいだろう。ほぼ毎作品セルフ・プロデュースで世に送り出す佐野元春の中で、『ナイアガラ・トライアングル VOL.2』への参加は重要な経験のひとつだったのだ。メジャーに彼の名を知らしめるといった点も含めて、だ。
バトンを受け取り、それを次の世代へと渡す瞬間が訪れたといえる「M's Factory」レーベルからリリースされた佐野プロデュースによるコンピレーション・アルバム。この制作時点で、今度は彼がバトンを渡す役目になっていた。バトンを渡しながらも、渡した相手から必ず新しい何かをもらうことを忘れずに絶え間ない創作活動を継続させている。今でも。
バトンの受け渡しをしながら、ポップ・ミュージックの歴史は作られてゆく。