現在では入手困難になってしまっている幻の詩集『ハートビート』とは、1981年2月25日にリリースされた佐野のセカンド・アルバム『HEART BEAT』の宣材(プロモーション・グッズ)として、エピック・ソニーが制作した詩集である。
佐野が自らデザインした60ページのペーパーバック・サイズの小冊子に収録された作品は、後に形式を少し変えソニー・マガジンズ版の『THIS』Vol.4と、『エレクトリック・ガーデン』(小学館)に再録されているので「詩」そのものを読むことは可能だ。
この詩集はデビュー当時のミュージシャン=佐野元春のもうひとつの顔(詩人としての側面)を知るための重要な資料だった。
佐野は10代のころからジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ゲイリー・スナイダーといったビート・ジェネレーションの作家や詩人たち、そしてボブ・ディランやトム・ウェイツといったビートの系譜を継いだシンガー・ソングライターの作品に大きな刺激を受け自己を形成していった。
ゆえにこの詩集「ハートビート」によって、佐野が日ごろ追及していたのが単に歌のための詞ではなく、サウンドをたずさえた散文、あるいはビートを感じさせる詩であったということがはっきりと伝わってくる内容になっている。
例えば佐野が18歳のときに書き始められ、1980年、24歳のときに完成する5章から成る「ジンフォス24/1980」という詩を通読してみると、彼の中の意識、詩に向かう態度、言葉を想起し、形成するときのバック・ビートやサウンドが、様々な形に変化しながら成熟していくのがわかる。
佐野はこの長い散文詩をもとに1曲のロックンロール・ナンバーを書き上げる。それが何度もアレンジを変更しながらも、20年間、彼のツアー・ステージのプログラムから1度も外されることのなかった「君をさがしている」なのである。