ハートランドからの手紙#61
掲載時:93年7月10日
掲載場所:駿東宏編集「モジュール2 Vol.1」

砂漠から突き出した銃砲を手入れする雇われ兵士は焦げ付いた太陽に背を向けたまま最近になってすっかり視力が落ちたことをくよくよと悩んでいる。遠く離れた兵舎では停戦後ひまを持て余した洗濯屋がペットのオウムに今日4度目の餌を与えている。
街から訪れた女たちが宝石を欲しがったので洗濯屋はこっそりと戦利品のある部屋に忍び込み、めぼしい物を物色してはみたが女たちを喜ばせるものは何ひとつなく、そのかわり少し枯れかかってはいたが見たこともないような色彩の花束があったので持ち帰りやすいようにと紙にくるんでいると、突然光がさしこむ小窓の横に何か生き物 がごそごそと動く気配を感じて息を止めた。サソリにしては頭部が大きすぎヘビにしては短すぎたのでいったいどんな生き物なのかわからず恐怖心もあったのでそれ以上近づくのはやめにして出口に戻ろうとしたそのとき、兵舎の外でけたたましく鳴るジープのクラクションとともに外出していた何人かの兵士たちの怒号が聞こえた。ここからそう遠くないところにある火薬庫が爆破されたらしくかなりあわててはいたが兵士のなかには「それはデマではないか、」と疑うものもいて兵舎はたちまちのうちに 緊迫した気配に包まれた。洗濯屋はきのうまで自分を支配していた国や共同体や宗教の呪縛を離れてもっと違う世界に飛び立ちたいと願い、一方では現実を象徴するかのようにすぐそばには得体の知れない奇妙な生き物が小窓から漏れる光を求めてごそごそと壁を這いまわり、そんな状況に置かれた洗濯屋としてはもうこの世界には具体的な真実などないのだからさがしたり求めたり見つけにゆくことは時間の無駄なのだと強く確信するしかなかった。


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