横浜・元町。この街の一角にサンドウィッチ・ハウス「舶来屋」があった。80年の夏、佐野はデビュー後、横浜での初めてのライブをこの「舶来屋」で行なった。しかし、ここでの演奏は環境的に無理があり、横浜でのデビューは成功とはほど遠いものだった。
「舶来屋」が入っていたビルの2階は産婦人科の病院だった。佐野とバンドの演奏がヒート・アップして音量 が上がってくると、2階から医者がおりてきてこう言った。「分娩が始まるので音を下げてくれ」。
後に佐野は当時を回顧してこう語っている。「今でこそ笑いばなしのようだけれど、当時は僕もバンドも相当悩んだよ。なにしろ、ここぞと盛りあがるところで演奏を止めらてしまうわけだから」。
その「舶来屋」があった場所は現在、革製品を扱う洋装店にとって代わっている。しかし2階の産婦人科病院は当時のままだ。あのとき産声を上げた新しい命は、佐野元春デビュー20周年と同じく、今年で二十歳を迎えていることだろう。