|
Text : 下村 誠
アルバム『VISITORS』のレコーディング作業が終了すると佐野元春は12インチ・シングル用に「トゥナイト」と「コンプリケーション・シェイクダウン」のダンス・リミックス・ヴァージョンの制作に取りかかり、さらにその2曲のプロモーション・クリップの制作を開始する。
ボブ・ランペルが監督した「トゥナイト」は、佐野の帰国後、プロモーション・クリップとして発表され、1984年のビデオ作品集『TRUTH'80〜'84』に収録されたが、もう一本のクリップ「コンプリケーション・シェイクダウン」のほうは一度も正式発表されず、言わば幻のクリップになってしまった。
監督したのはニューヨークのビデオ・アート・シーンを代表するジョン・サンボーンである。当時、佐野もサンボーンも「グッド・モーニング・ミスター・オーウェル」で話題になった台湾出身のビデオ・アーティスト、ナム・ジュン・パイクの作品や言動に多大な刺激を受けていた。
ナム・ジュン・パイクの作る映像はリアルで破壊的で、しかも知的なユーモアのセンスを感じさせるものだった。佐野とサンボーンはパイクのアティチュードに敬意を払いながら「コンプリケーション・シェイクダウン」のクリップを制作した。それは実験的ながらもリアルで、エキセントリックで、エネルギーに充ちた作品に仕上がっていた。
佐野は帰国後、ニューヨークで絶讃されたこのクリップをレコード会社のスタッフに見せたが、その反応は否定的なものだった。そのラディカルな表現やエロティックな表現が当時の日本では過剰すぎるのではないかと考えたレコード会社のスタッフは、このクリップの発表を控えるべきだと判断したのだ。
その結果、この作品は12インチ・シングル「コンプリケーション・シェイクダウン」のTVスポット用の15秒間のショート・ヴァージョンとなって世に出ることになった。佐野とサンボーンがこのクリップで試みた意欲的なアプローチは、当時のプロモーション・クリップの枠組みから大きく逸脱し、強力なメッセージを放つ芸術作品を作り上げてしまった。
6分に及ぶロング・ヴァージョンは未だ発表されないままM's Factoryの倉庫の棚で眠っている。
追記:
今回の「VISITORS」20周年アニバーサリーのリリースにあたり、このクリップが公開されました。
|